大判例

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東京地方裁判所 昭和19年(ワ)1621号 判決

原告 佐藤甚吾

被告 山崎重工業株式会社

一、主  文

被告は原告に対し金一万六千五百円及びこれに対する昭和十九年十二月六日以降右完済に至る迄年六分の割合に依る金員の支拂をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は金五千円の担保を供して仮に執行できる。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文第一及び第二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

原告は昭和十九年七月十一日被告から額面一万六千五百円、振出地東京市日本橋区、振出日昭和十九年七月十一日振出人鶴見重工業株式会社専務取締役山田啓、支拂人、株式会社帝国銀行日本橋本町支店なる横線引小切手の振出交付を受けたので、原告は昭和十九年七月十二日之を支拂人に呈示して支拂を求めたところ支拂を拒絶されたので同日支拂人をして小切手上に日附を附した支拂拒絶の宣言を記載せしめた。

右小切手は当時被告会社の取締役であつた訴外山田啓が被告会社専務取締役の名称を使用して振出したものであり被告会社はその金融難を打開するため山田を取締役に選任して専ら金融関係一切を担当せしめ、山田は台湾銀行東京支店より被告会社専務取締役の肩書で数十万円を被告会社のために借入れていたものであつたので原告は山田が被告会社の代表権限を有するものと信じてこれを受取つたのであるから被告会社はその取締役である山田のなした本件小切手の振出につき商法第二百六十二條により責を負うべく、之が支拂義務があるから、原告は小切手の金額一万六千五百円及び第一回口頭弁論期日である昭和十九年十二月六日以降完済迄年六分の割合に依る利息の支拂を求める。

仮りに右主張が理由なしとしても、訴外山田は約束手形小切手等の割引を一任される約定で被告会社の取締役に就任した上被告会社のためその取締役の地位に於て、訴外台湾銀行から約五十万円の手形小切手の割引を受け、被告会社はその三分の二の金員を使用しており且つ山田は本件小切手振出当時も被告会社の取締役であり依然として金融面を担当していたので、原告は山田に本件小切手振出の権限があるものと信じて之を受取つたものであり、原告は山田が権限を有すると信じたことに正当の事由があるから、被告会社は民法第百十條により原告に対して本件小切手を支拂う義務がある。

と述べ、

被告主張の事実中本件小切手振出の前後を通じ被告会社を代表すべき取締役として山崎徳松の氏名が登記せられていたことは認めるが、その他の事実は全部否認する。原告は山田から本件小切手を受取つてその額面の金員を融通したものであると答えた。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、

昭和十九年七月十一日当時訴外山田啓が被告会社の取締役であつたことは認めるが、被告が原告に対しその主張の如き小切手を振出交付したことは否認する。原告がその支拂ひを拒絶せられたことは知らない。昭和十九年七月十一日当時被告会社は山崎造船鉄工株式会社という商号であり、且つ東京市日本橋区本町四丁目四番地に本店を有したことはないから本件小切手に表示せられている振出人は被告会社ではない。又山田が被告会社の代表者として本件小切手を振出したとしても、同人は被告会社の専務取締役でもなく且つ当時被告会社には会社を代表すべき取締役の定めがあつて山崎徳松が代表取締役として登記せられていたから山田に代表権限なく被告会社は本件小切手に関し何等の責任を負はない。

仮りに本件小切手が被告会社の振出したものであるとしても、被告会社は原告と何等取引関係もなく從つて本件小切手はその原因となる法律関係が存在しないから支拂うべき義務を負担しない。

と述べた。<立証省略>

三、理  由

原告本人訊問の結果により、眞正に成立したと認められる甲第一号証成立に爭のない乙第一号証及び証人山下英次、同福住佐久緒、同榎本彌之助の各証言原告及び被告会社代表者山崎徳松訊問の結果を綜合すると次の事実が認められる。

昭和十九年三四月頃被告会社は資金に困つていたが、その代表者山崎徳松は一、二回金融を受けたことのある訴外山田啓こと山田善一郎が台湾銀行に信用があるから、同銀行東京支店より金融を受けるため盡力しようとの申出を受け同人にこれを依頼したところ同人が取締役でないと都合が悪いというので昭和十九年四月二十日右山田を被告会社の取締役に就任させた上、金融面を担任せしめ四五日後には台湾銀行東京支店副支配人訴外榎本彌之助に山田は被告会社の重役で金融面を担任することになつた旨紹介した。

その後山田は、山崎が当時被告会社の商号であつた鶴見重工業株式会社々長山崎徳松名義で北南水産株式会社々長山田啓宛振出した約束手形に、自分で裏書した上、之を割引く方法により台湾銀行東京支店から数回に亘つて約金五十万円を借受け、右金員のうち約十五万円は自分で使ひ込んだが、他は全部被告会社に使用せしめていた。然しながら被告会社を代表すべき取締役は昭和十八年八月二十七日以來引続き山崎徳松であり又同社には定款上は専務取締役の制度が設けられてあつたが実際は一度も置かれたことがなく、山田は平取締役であつて同人は被告会社が資金を得る便宜上その取締役に就任せしめた者であるから被告会社の経営の内面には関係せず専ら金融面を担当してはいたがそれに関する一切の権限を與えられていたのではなく山崎の振出した約束手形を割引く権限を與えられて居たのみで、從つて自分の名で小切手を振出して金融を得る権限はなかつた。なお当時被告会社の本店は横浜市鶴見区鶴見町千百八十九番地にありその支店は東京市日本橋区室町一丁目十八番地にあり且つ昭和十九年六月十五日その商号を山崎造船鉄工株式会社と変更し同月十六日その登記をした。

原告は昭和十八年三月頃北南水産株式会社の社長をしていた山田啓こと山田善一郎と知合い同人を台湾銀行東京支店に紹介して当座取引を開始させてやつたが、その後山田は、鶴見重工業株式会社の専務取締役になり金融面を担当することになつたと称し原告に金融を求めたので原告は山田から手形や小切手を取つて金を貸してやつていた。そうする内山田から受取つた小切手の内一枚が不渡となつたので書換えを請求したところ昭和十九年七月十一日山田は鶴見重工業株式会社専務取締役山田啓名義で原告主張の如き小切手を振出し交付したが、原告は被告会社が商号を変更したことも山田が平取締役にすぎないことも知らずに、山田は被告会社の専務取締役で金融面を担当しているから小切手振出の権限を有していると信じて右小切手を受取り、そして翌十二日帝国銀行日本橋支店に之を呈示して支拂いを求めたところ預金不足の理由で拒絶せられたため即日支拂人をして小切手上に日附を附した支拂拒絶の宣言を記載せしめたものであつて、前示各証人の証言原告及び被告会社代表者山崎徳松訊問の結果中右認定に反する部分は措信し難い。

そこで被告会社は本件小切手につき商法第二百六十二條による責任があるかどうかを判断するに同條は株式会社が任意に或る取締役に専務取締役等会社を代表する権限があると認められる名称を附したときにその取締役の行爲に関する規定であつて或る取締役が勝手にそのような名称を使用して爲した場合を含まないのである。

ところで訴外山田啓は当時被告会社の取締役ではあつたが専務取締役ではなく本件小切手に専務取締役と記載したのは前示の如く同人が僣称したにすぎず又被告会社が右僣称の事実を知りながらこれを黙認していたことも認め難いから商法第二百六十二條の適用はなく從つて被告会社は本件小切手につき同條による責任はないのであり原告の主張は理由がない。

次で被告は民法第百十條による責任があるかどうかについてみるに前示の如く訴外山田は自分の名で小切手を振出す権限はなかつたけれども同人は被告会社が資金に困りその金融を爲さしめる目的で取締役に就任させ金融面を担当せしめていたもので、被告会社代表者山崎徳松は訴外台湾銀行東京支店副支配人榎本彌之助に対しても山田は被告会社の重役で金融を担当する旨紹介し又現実に山田は被告会社のために数回に亘り約五十万円を手形割引の方法により右台湾銀行から借受けており被告会社の金融は主として同人がなしていたのであつて、山田は被告会社の金融に関し被告会社を代理する権限を持つていたというに十分であり、原告は山田から同人が被告会社の取締役となり金融面を担当することとなつたとき同人において被告会社の金融のために自ら被告会社名義の小切手を振出す権限があると信じて本件小切手を受取つたものであることは前段認定の事実に徴し明かである。もつとも山田は自ら被告会社名義の小切手を振出す権限を有せず被告会社名義の約束手形に自ら別に経営する北南水産株式会社名義の裏書をなしもつて台湾銀行東京支店より金融を受けていたものであつたけれどもこの方法による金融が北南水産のためでなく被告会社のためになされることを知るものにとつては北南水産の裏書は被告会社の債務支拂の担保の意味を持つにすぎず山田が被告会社のため金融を受けるについての手続的な方法について内部的にその権限に制限を受けていたに止まるから、原告が山田の権限にこのような制限を受け自ら被告会社名義の小切手を振出す権限を持つていなかつたことを知らなかつたとしても原告に過失ありというわけにはいかない。よつて原告は山田が本件小切手を振出す権限があると信じたにつき正当の理由があると言うべきである。

なお本件小切手の振出人の表示には被告会社の旧商号を用い山田の肩書に専務取締役と記載し営業所の表示も被告会社の本店又は東京支店の所在地と異りいずれも登記簿上の記載と相違しているが、本件小切手の授受のような手形行爲の特殊性からいつて、手形又は小切手の授受にあたり一々登記簿について調査すべきことを要求することはできないから、原告がこのような調査をなさずそのため本件小切手を被告会社振出のものであり且つ山田にこれが振出の権限ありと信じ何等の疑念を抱かなかつたとしても本件小切手の取得につき惡意又は重過失ありといえないだけでなく山田が本件小切手振出の権限ありと信ずるにつき過失があつたということはできない。以上認定した通り被告会社は本件小切手の振出について原告に対し民法第百十條により責任を負わねばならない。

次に原因関係がないとの抗弁については前示の如く原告は山田に金融を與えて本件小切手を受取つたのであるから理由がない。以上認定したところにより、被告は振出人として原告に対し本件小切手の金額一万六千五百円及びこれに対する支拂人の支拂拒絶宣言記載の日の後である昭和十九年十二月六日より支拂ずみまで小切手法所定の年六分の法定利息を支拂う義務があるというべく原告の請求は全部理由があるから之を認容し訴訟費用につき民事訴訟法第八十九條を仮執行の宣言につき同法第百九十六條を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 近藤完爾 大沢竜夫 渡辺忠之)

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